ハナちゃんの足跡

~最愛の友だちを記念して~


さようなら、ハナちゃん ハナちゃんの在りし日の姿 小太郎と小次郎 過去の日誌
ハナちゃん 小太郎 小次郎

2003年3月31日(月)

見沼代用水沿いの桜が、咲き始めている。思えばこの桜並木を、僕は20年近く眺め続けてきた。見沼代用水や見沼田圃の名前ぐらいは、小学校のときに習い知っていた。しかし、実際に目で見て足で歩いたのは、高校生になってからだった。わが母校・浦和西高は、見沼代用水西縁の斜面林の中に建っていた。

高校時代は、休講の時などによく用水路の堤防上にある小路を散策した。当時は、コンクリート護岸やフェンスも無く、土掘りの水路と小高く細い堤防が続き、桜並木など存在しなかった。僕が高校を辞めた直後、見沼代用水には大規模な改修工事が施され、現在の姿になってしまった。護岸工事のために堤防は低く広くなり、砂利が敷かれ、桜が植えられた。堤防の植生も変化し、無残な姿に成り果ててしまった。 当時の桜も貧弱で、翌春はほとんど枝の無い電柱のような幹に、僅かな花が申し訳なさそうに咲いていた。

そんな過去も、20年の歳月とともに遠くへ過ぎ去った。今や枝ぶりも立派な木々が立ち並び、延々と桜のトンネルが続く名所になっている。今日、自転車で用水路沿いを走りながら、桜の成長に費やされた20年と、僕自身のそれを振り返り、感傷的な気分になった。この桜並木が育つまでに、僕が得たもの、失ったものはどれだけあっただろうか、と。つい昨日も、失ったものがあった。自ら選んで無くしたもの、思いもよらず失われたもの、様々だ。

何より思い出すのは、昨年は家で待っているハナちゃんのことを考えながら、桜の花の下を自転車で走っていたことだ。桜の花の淡い色と、やや霞んだ春の青空はよく似合う。そんな変わらぬ風景を去年も、今年も眺めているわけだが、今日は少し悲しい色合いで染められていた。この20年間、それに残りの僕の人生20年を加えてみても、最も悲しい出来事はハナちゃんを失ったことだ。心に開いた穴は、少しずつ小さくなってはいるものの、塞がれることは永久に無いだろう。

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