新入りのやんちゃ坊主、小太郎が僕の家族になってから既に3ヶ月。僕の部屋での小太郎との生活も、もうあたりまえの光景になってきた。
ところが、ここで新しい事態の発生が。両親の面倒をみる必要が出てきたため、たぶん今年いっぱいでこの部屋を引き払い、小太郎とともに実家に帰らなければならなくなった。まあ、実家といっても自転車で15分程度、同じ浦和市内なので、それほどたいそうな引越しになるわけではない。小太郎も何度か実家に連れて行って、“ほんもの”の家族の者にも慣れさせている。
そんなことよりも、ハナちゃんと暮らした想い出が染み付いたこの部屋から離れなければならないのが、僕には心苦しい。今では、あたりまえのように小太郎が僕の隣で寝ているし、ディスプレイの上にも乗る。しかし、そこらはすべて、ハナちゃんの場所だった。小太郎は、全身ほとんど真っ白の猫だけれど、ふと彼を眺めていると、白黒の斑模様が浮かんでくる。猫という種族共通の仕草が、ハナちゃんの想い出を呼び起こす。
近所の、ハナちゃんの事故現場を通るとき、僕は「さびしくなるね、ハナちゃん」と呟いている。この部屋、この場所。住んでから7年近くが経つけれど、その中で最も心の中を占めているのは、やはりハナちゃんの存在だ。部屋の中のパソコンや家具の配置は、ハナちゃんの姿と結びついている。新しい部屋では、それらはバラバラに再構成され、きっと小太郎の存在と強く結びついていくだろう。
ハナちゃんとの想い出は、さらに物質的な根拠を失い、僕の記憶の中だけに凝縮されていく。今また、その節目が加えられたことは、よいことなのかもしれない。小太郎が想い出を上書きしてしまう前に、僕はここを出て行けるのだから。ただ、もし猫が家に憑く動物なのだとしたら、ハナちゃんの“場所”を離れることは、やはり寂しい。
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