CorelDRAW宣言

絵を描く2つの方法

突然ですが、「絵を描く」方法を大雑把に2つに分けると、次のようになるでしょう。即ち、

  • 絵筆で色を塗り重ねて、絵柄を表現する方法
  • 線を引いて、絵柄の輪郭を描いていく方法

です。前者が油絵や水彩画、後者は線画といったものでしょう。

色で絵柄を塗り分けることが色合いを「知覚」する感覚的な技法だとすれば、線で図形を構成することは形状を「認識」する論理的な描画法ということになります。なんだか小難しい話ですが、わざとこうした表現を使ったまでなので身を引かないように。

この2つの方法は相互補完的でもあり、実際上は排他的に区分することはできません。たとえば、線画で下絵を描き、それから絵の具で色付けする、といったように。しかし、その本質的な特徴は、“三つ子の魂百まで”の喩えを引くまでもなく、やはり異なっています。

さて、パソコンで絵を描く場合に話を移すが、ここでも「知覚的」と「認識的」の描画法に分けることができます。前者が、Corel PHOTO-PAINTCorel PainterAdobe Photoshop等で代表される、「ビットマップ画像編集ソフト」を利用したものです。水彩や油絵の具をシミュレートしたPainterは、その権化ともいうべきものでしょう。一方の認識的方法によるものは、“線を引く=ドローイング”ことをシミュレートした「ドローソフト」でしょう。その代表格が、CorelDRAWCorel DESIGNERAdobe Illustratorです。

部品で絵柄を構成する

これは私見に過ぎないが、論理の粋を集めたコンピュータを利用する場合でも、多くの人にとって「知覚的」描画法のほうが手になじむようです。つまり、筆やブラシ(――実際にはマウスやペンタブレットですが…)を使って色を塗るビットマップ画像編集ソフトのほうが、“お絵描きソフト”としてとっつき易いということです。まあ、Photoshopをお絵描きソフトと定義してしまうと、その筋からお叱りを受けそうですが、私も信念は曲げられません。

では、ドローソフトの評価はどうなっているのでしょう? これも私見ですが、お絵描きツールとして幅広く認知されるには、至っていません。もしくは、ビットマップ編集ソフトがそれとして支持されているため、ドローソフトの“概念”が一般大衆に受け入れられていないようです。平たく言えば、ドローソフトってお絵描きソフトのようですが使いづらいし何ですがよくわからん――が、衆目の一致するところではないでしょうか。

“ドローソフトの概念”――また小難しい表現をしてしまったが、これは先に述べた「認識的」描画法のことであり、絵柄の形状を認識して画像を構成する方法です。余計説明を難解にしているようですが、初めに難易度のハードルを高くしておけば、以降の説明でほっと胸を撫で下ろすことができるでしょう。「なあんだ、たいしたことないじゃないか」――と。

例えば、猫の顔を描くとしましょう。ドローソフトで描くなら、ここで猫の顔を形作っている“部品”に着目するのです。目、耳、鼻、口、ヒゲ、そして顔全体の輪郭。そして、目は楕円形、耳は三角形、鼻や顔は逆三角形、と単純な図形に置き換えてみます。猫によっては、さまざまな模様もあるでしょうが、それらも顔の上に置く図形として単純に考えてみましょう。こうして用意した図形を、福笑いのように並べていけば、大まかな猫の顔が出来上がるはずです。

コンピュータ・プログラミングの世界では「オブジェクト指向」という言葉があるようですが、絵柄を構成部品=「オブジェクト」として考えるドローソフトは、まさにオブジェクト指向そのものではないでしょうか。まあ、余談ではありますが。

さらにドローソフトは、「福笑い」で遊ぶには最適な作りになっています。描いた部品は、それぞれを自由に動かしたり、お互いの重ね順も入れ替えたりできるように、独立しているからです。

もちろん、コンピュータならではの特徴もあります。ドローソフトの部品は、何回も変形し描き直しても、画像がにじんだりぼやけたりしてしまうことがありません。なぜなら、図形の絵柄をそのまま保存しているのではなく、どんな形にしたのかという情報を記録しているからです。

この件に関し、「ベジェ曲線」なんて単語を小耳に挟んで悩むより、古代ギリシャ風にドローソフトは図形の具象ではなく「イデア」を保存している――と解説すれば、哲学好きの方にも理解していただけるでしょう。うむ、高尚、高尚。同じコンピュータのものでも、ビットマップ画像は変形の繰り返しがご法度になっているのとは大きな違いです。

それはともかくとして、絵柄を部品で構成し、その部品を自由に編集するといった作業は、ドローソフトの得意技なのです。あなたが、猫の顔を見たとき、そこに丸や三角形が思い浮かぶ論理的思考の持ち主ならば、ドローソフトでお絵描きすることを是非ともお勧めします。

CorelDRAWの特徴

では、ドローソフトであれば、どれでもよいのでしょうか。特に国内で“プロフェッショナル”を僭称――いや失礼、自任する人たちはIllustratorを崇め奉っていて、あとはGCrewなどの入門用/廉価版ドローソフトしか存在しない、といった雰囲気になっています��信仰��自由は大切ですが、現実への正しい認識も重要です。曰く、とっくに「神は死んだ」――ニーチェ。

私は職業訓練校でIllustratorの授業を受け持っているのですが、このソフト、非常に使いづらいのです。それは、私が「知覚」派人間でドローソフトに慣れていないから――というわけではありません。本当の理由は、私がCorelDRAWを知ってしまったことにあります。

と、スキャンダラスな悔悟をしても、一部の聴聞僧は「ちぇ、大袈裟な」と聞き流すでしょう。なんて罰当たりな! まあ、それも仕方がない側面もあります。私が、昨日今日にCorelDRAWのすばらしさに目覚めたわけでなく、とっくの昔(CorelDRAW Ver3の頃)から、それを熟知しているからです。

丸や三角形の図形を描くのは、どんなドローソフトにでもできることです。それらに手を加え、笑いを誘うだけの福笑いから、いってみれば“作品”に仕上げるには、もうちょっと手の込んだ加工が必要になります。当然、作る人間の側だけでなく、ドローソフトの方にも表現力の幅が求められるのです。CorelDRAWIllustratorのような高価なソフトには、あたりまえですがその価格に見合うだけの表現力が、さまざまな効果として用意されています。

その中でCorelDRAWが抜きん出ているのは、表現を加えるための操作手順=インターフェイスなのです。どんなドローソフトでも、丸や四角を描くツールは用意されています。

では、図形に影を付けるドロップシャドウ効果はどうでしょうか? たいていはメニューからダイアログボックスを開き、数値を入力して設定しなければなりません。申し訳程度に付いている「プレビュー」機能をありがたがっているようでは、お話になりません。CorelDRAWでは、ドロップシャドウ、ブレンド、図形の立体化、輪郭の歪曲といったほとんどの特殊効果が、マウスで操作するツールとしてツールボックスに用意されています。

つまり、画面上をドラッグするだけの操作でこうした効果を付けることができ、なおかつ編集も可能です。詳細な設定値も、連動するツールバー(プロパティバー)で変更できます。ダイアログボックスを開く必要が、ほとんどありません。グラデーションなどの色付け作業でも、同じ操作性が保証されています。

つまり、作業そのものは直感的であり、ユーザーは絵を描く上での論理性にのみ没頭すればよいということです。この意味で、「認識」と「知覚」の理想的な融合が、CorelDRAWでは実現されています。だからこそ私は、見かけだけのツールがあるだけで、実際はダイアログボックスやパレットで操作するIllustratorが、使いづらいと思ってしまうのです。

ここまで褒めちぎってしまうと、一方で「CorelDRAWはつまらないバグが多い」という“暗黒面”を見逃すことは、公平さを欠いてしまうでしょう。もちろん、それもひとつの現実ですが、CorelDRAWの使用目的がその不具合探し――なんていうのもつまらない冗談です。どんなアプリケーションでも、なんだかよく分からない不具合は結構あります。

それよりも、私としては、CorelDRAWでこんなイラストを描いてみたい、あんな技法を使ってみたい、それにはどうすればよいのか? と言った中身のある会話ができるぐらいまで、CorelDRAWコミュニティが成長することを願っています。もちろん、読者の皆さんがCorelDRAWに興味を持ち、絵を描く道具として手に取ってみることから、それは始まるのですが。


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脚注
註1
この文章は、CorelDRAW 11の紹介文として、当時の国内販売会社の依頼で執筆し、そのWebサイトに掲載されたものです。しかしその後、国内販社も変遷し、現在のコーレル株式会社に落ち着いたわけですが、この文章は舞台から去った旧販社とともに、姿を消してしまいました。しかしその内容は、Ver.11に限らず、CorelDRAW全般、延いてはベクトルイラストレーション全般を包括したものになっています。そこで、部分的に語句を修正した上で、当サイトに再掲することにしました。